論文解説

Last update: 2016-02-12

グレア錯視:輝きの錯視は暗くても効果がある

グレア錯視と呼ばれる明るさ感・輝き感を誘発する現象について、これまで考えられていたよりも幅広い輝度範囲にわたって錯視現象が生じることを発見しました。明るさ知覚にかかわる脳情報処理に重要な示唆を与えるとともに、明らかになったグレア錯視の幅広い効果は、映像表現やコンピューターグラフィクスに役立つことが期待されます。 (H. Tamura, S. Nakauchi, K. Koida, J. Vision, 2016)

  • グレア錯視の例。左右の中央白色は同じ輝度だが左の方が明るく輝いて見える。
  • 錯視は光の輝きに見える。錯視は輝いてときだけの現象なのだろうか?
  • 結果→そうではない。灰色に見える暗い刺激でも、同様に明るく見えることが分かった。
グレア錯視とは
 グラデーションで囲まれた白色領域は、一様な灰色で囲まれた白色領域よりも明るく輝いて感じられます(上図)。しかし実際には二つの白色領域は同じ輝度です。見た目の明るさ感が異なって感じられるのは周辺部のグラデーションによって引き起こされた錯視現象といえます。これはグレア錯視と呼ばれ(Zavagno, 1999)、古くはルネサンスの時代から画家の技法として用いられており、現在ではコンピューターグラフィックスで光源や光沢を表現するためにも広く用いられています。


レンブラント「ベルシャザルの饗宴」(1635年)
グレア錯視の解釈と問題
 上記の錯視画像は、周辺のグラデーションが「光のもや」であるかのようにも見えます。これは強い光線を見たときに付随する現象で、大気のかすみや、目のレンズの不均一性によって生じる光の広がりとして説明可能です。そして、このような光のグラデーションを模擬した画像を見るときヒトは、明るく輝いている対象の経験が呼び起こされて、錯視現象が生じているのかもしれません。この仮説は正しいのでしょうか。
 この考えが正しいのだとしたら、錯視現象は中央の白色が明るいときに生じやすく、暗くすると生じにくくなることが予想されます。そこで本研究では、グレア錯視の画像の輝度を明るいものから暗いものまで準備し、それぞれに対して錯視効果を定量的に測定することで錯視が生じる範囲を確かめる実験を行いました。結果は、予想に反して、どの刺激輝度であっても錯視効果は同じ比率で生じていることを示していました。




実験1 グレア錯視は40%明るくなる

(図1) 輝度の異なる刺激の例。上下のペアは中央部の輝度が同一。
 視覚刺激は標準的な白色に見える120cd/m2を中心に0~200cd/m2の刺激に対して測定を行いました(図1)。被験者は、錯視をおこすグラデーション画像(グレア画像; Glow)と、比較用の一様灰色周辺を持つ画像(一様画像; Uniform)を比較して、どちらが明るく見えるかを答えてもらいました。刺激は中央部と周辺部で構成されていますが、そのさらに外側の背景には100cd/m2の一様な白色が表示されています。このことから眼の順応状態は一定であるといえます。


(図2)実験1の結果
 その結果、グレア画像は20~200cd/m2にわたって明るく見えていることがわかりました(図2A)。また、比較用の一様画像には、わずかに輝度が高いもの、もしくは低いものがランダムに混ぜてあり、錯視効果を量的に比較することが可能でした。その結果、20%輝度を高くした一様刺激よりもさらに錯視画像が明るく知覚されていることが分かりました(図2B)。データを組み合わせて、被験者が何%明るく知覚していたかを求めたところ、刺激の輝度に依存せず、43%明るくなっていることがわかりました(図2D-F)。




実験2 刺激画像の見えカテゴリー
 刺激の輝度を上げていくと、無彩色の刺激は、黒、灰色、白、輝いている白、というように見え方が変わっていきます。グレア錯視の効果範囲と、色名呼称の範囲にはどのような関係があるでしょうか?輝いて見えることが錯視に必須であれば、色名呼称の範囲と錯視が生じる範囲に関係があるかもしれません。このカテゴリー応答を測定した示した結果が図3です。一様画像条件では、背景よりも少し明るい120~200cd/m2で白、それより下で灰色と答えられていることがわかります。錯視をおこすグレア画像では灰色と白については同様ですが、145cd/m2を境に「輝く白」応答が得られている事がわかりました。


(図3)錯視画像(Glow)と比較画像の中央部が、輝き、白、黒、灰色のどれに見えていたかの割合。




考察
 当初の仮説は、「刺激画像は明るく輝いているものを模擬したものであり、被験者はそれを見て明るく輝いているように知覚した」でした。しかし実験結果は、輝いて見えない灰色の刺激であっても(例えば50 cd/m2条件)、錯視効果が生じていることを示していました。つまり、輝いているものに見えるから明るく錯覚しているのではなく、グラデーションで囲まれた対象は単純に一定の比率で明るさ上昇が起き、これが十分に強い輝度条件では白色が輝く白色に見えることもある、と考えることがより正しい理解であるといえます。

 周辺の刺激によって中央部が明るく見える現象としては他に同時対比が知られています。同時対比は黒い周辺刺激に囲まれた白色を表示することで最大化すると考えられます。追加実験により確かめたところ、錯視画像は黒周辺の画像よりも強い明るさ感を引きおこすことが示しました。つまり同時対比よりもはるかに強力な明るさ向上効果がグレア錯視には起きていることが示されました。このことから、グラデーションによる明るさ感の増強現象はより基本的な視覚特性であり、グレア錯視は特殊な条件だけで起こる錯視現象ではないといえます。

 また、本研究により示された特性(同じ比率での明るさ向上)というグレア錯視の効果は、コンピューターグラフィクスや映像効果において見えを定量的に操作したいときに役立ちます。グレア錯視効果を加える事によって、輝く対象物や光沢などの表現を強化したい際に、その効果が輝度によらず一定であることはより幅広く利用可能であることを示唆しています。




論文情報:
研究組織:
  • 田村秀希(筆頭著者)豊橋技術科学大学 情報・知能工学専攻 博士5年コース2年
  • 中内茂樹 豊橋技術科学大学 情報・知能工学系 教授/系長
  • 鯉田孝和(責任著者)豊橋技術科学大学 エレクトロニクス先端融合研究所、情報・知能工学系兼任 准教授